いつの間にか靱公園の薔薇が綺麗に咲いていた。

事務所に行くことが少なくなっていたこともあって薔薇の季節になっていたことを忘れてた。

事務所近くにある靱公園は春は桜、桜が終わると薔薇、夏は公園の水で子ども達が遊ぶ。

秋から冬はカサカサ葉っぱを踏みながら歩く。

スタッフは枝を拾って子ども達との遊びやアートに使う。

テニスコートからは軽快なボールの音と元気な声が響く。

当たり前の日常が大切だと改めて思う。

何気なく見ている風景や気にも留めていなかった人々の語らいや笑い声。

薔薇を背にお母さんが子ども達の写真を撮っていた。「もう一枚、もう一回こっち見て!」のお母さんの要求に仕方なしに応える子ども達。

全てが愛おしい。

日常があるというのはなんて平和なことだったのだろうと思う。

ここから新しいスタイルの暮らしと言われるけれど、当たり前の日常を生きよう。

新しいスタイルになろうと誰かと話をして、誰かと一緒に笑って、誰かと怒って、ごはんを食べて、おはようと挨拶をして、そうやって生きていこう。

心まで距離は取らない。

帰りは駅からのんびり遠回りして歩いて帰った。

友人とのグループLINEで少し切ない話をやり取りしながら、近くに居たいと思う。人とともに居るのは距離は関係ない。

人生にはいろんなことがある。個人的なことも、地球規模の出来事も。

山の色や空の色、地球はこんなに美しい。

地球はきっと私達の味方だ。

ソーシャルディスタンスという言葉に惑わされない、物理的な距離に惑わされない、私達は新たな日常の中で近さを保っていく。