出口が見えない不安が不安を呼んで誰かを叩きたくなる、そんなことが起こっています。

本当にそれは叩かないといけないことなの?

正義と善意に怖さを感じるのは私だけでしょうか?

正しさや善意は強力な刃になって簡単に人を傷つけます。

リヴで親や周囲から子どもとしてあるべき姿や妻や女性としてあるべき姿を押し付けられ傷ついた人たちと出会ってきました。

本人が力を無くした時、私たちはその人を傷つけた正義や善意に怒りを表しました。

怒りは大事な感情です。

こんな時だからトラブルにならないように飲み込んで、まあまあ、いいじゃない、こちらが我慢しておけばすむことよ、

そんな声も聞こえますが。

こんな時でもどんな時でも不当なことにはNO!を。その人が力を無くしていたら仲間がNO!を。

そうやって私たちは時を刻んできたのです。

あるTwitterで正義の名の下に不当に叩かれている人を見かけ、ひどいなと思いFBにあげたところ、何人かの知り合いから「これは警察だよ」「不当なことには声をあげないと」などのコメントがありました。

私の知らない人のTwitterだけど、私は世の中に絶望や嫌悪が湧き上がり辛くなってFBにあげたのです。

それに対してのコメントに私のことじゃなくても力をもらいました。

あーそうだった、この人たちがずっとこうやって声を上げてくれてそれが力になって私は生きてきたことを思い出しました。

私の周りにはたくさんの仲間がいる、私にも力がある、そんなことを再確認しました。

絶望だけじゃなく、希望もたくさんある、それが今の世界。

今は会えないけれど私たち繋がって生きていきましょう。これからも。

あなたのいる場所であなたのできることをしてくれていることに感謝。

離れていても心を寄せてくれている人がいることに感謝。

最近の散歩で見かけたハナミズキは綺麗な花が咲いてました。